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最高裁判所第一小法廷 昭和33年(あ)1135号 判決 1960年7月14日

主文

原判決全部を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

名古屋高等検察庁検事長代理次席検事中条義英の上告受理申立の理由について。

原判決は、本件小島撚糸株式会社の代表取締役である被告人は法定の除外事由がないにかかわらず、昭和三一年六月一日から同月二五日までの間、同会社工場において、女子労働者中島美登外一一名をして延約一一七五時間の時間外労働および休日労働をさせながら、これに対し基本賃金の二割五分以上の割増賃金合計約三二九一五円八六銭のうち合計約一六五九一円六九銭を支払ったのみでその差額計一六三二四円一七銭を支払わなかったこと、および右の時間外労働並びに休日労働は労働基準法(以下法とのみ云う)三三条所定の行政官庁の許可を経て行われたものではなく、ないしはその事後承認があったわけでもなく、また法三六条にいわゆる使用者と労働組合ないし、労働者団体との間に成立した協定に基いて行われたものでもないことを是認しながら、被告人には右割増賃金の支払義務あることは当然であるが、これを支払わなかったからといって、法三七条一項、一一九条一号の罪責あるものと解すべきではない。けだし、右法条所定の罪責は法三三条の規定により行政官庁の許可を経て行われた場合(あるいはその事後承認のある場合)および法三六条により使用者と労働組合、ないしは労働者団体との間に成立した協定に基いて行われた場合にのみ関するものであることは法三七条一項の文理解釈上極めて明白であるが、その反面、前示認定のように時間外労働等が前示法条に則った行政官庁の許可等に基いて行われたものでない場合に割増賃金不払について罪責を問う何らの明文がないからである、云々と云うのであって、その見解の下に原審は被告人に前示認定の事実について無罪を言い渡したものであることは、所論のとおりである。さて、法三三条または三六条所定の条件を充足した時間外労働ないしは休日労働に対して、使用者が割増賃金支払の義務あることは法三七条一項の明定するところであるが、右条件を充足していない違法な時間外労働等の場合はどうであろうか。法はこの点明示するところがないが、適法な時間外労働等について割増金支払義務があるならば、違法な時間外労働等の場合には一層強い理由でその支払義務あるものと解すべきは事理の当然とすべきであるから法三七条一項は右の条件が充足された場合たると否とにかかわらず、時間外労働等に対し割増賃金支払義務を認めた趣意と解するを相当とする。果して、そうだとすれば、右割増賃金の支払義務の履行を確保しようとする法一一九条一号の罰則は時間外労働等が適法たると違法たるとを問わず、適用あるものと解すべきは条理上当然である。さすれば被告人は右罰則の適用を免れない筋合であり、従って原判決が前示認定事実について被告人に対し無罪を言い渡したのは違法であり、論旨は理由あるに帰する。そして事案は、本件公訴事実中原判決が有罪とした第一審判決の判示第一の事実と併合罪の関係ありとして起訴されたものにかかるものであるから、右の違法は、原判決の全部に影響を及ぼすことも明らかである。

よって、刑訴四一一条一号、四一三条本文に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七)

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